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2021年09月15日

がん治療中に役立ったコミュニケーション

参加者の声CTNブログ岸英光自分自身の生き方、変化、成長医療、看護、歯科、リハビリ日常生活での気づき、趣味介護、福祉福祉未分類

私はがんになる前からコミュニケーショントレーニングネットワーク®でパラダイムシフトするコミュニケーションについて学んで、実践していました。

例えば
不安や焦り、イライラなどの感情にとらわれてテンパってしまって冷静でいられないとき
落ち込んで気持ちが沈み続けているとき。
どうしたら良いか決められないとき
など、同じことを学んで実践している友人達に、話し相手になってもらっていました。

反対に、友人や仕事でかかわる人に私が話し相手になることをしていました。

このような時は、
話す人には、
「○○な気持ちがあるんだね」「~~な状態なんだね」
などと有るものは有る。とする。
励ましたり、アドバイスをしたり聴き手側の思いや考えを持ち込まない。
『ただ聴く』こと(クリアリング)が役立ちました。

ただ聴いてもらうと、気持ちを殺したり、押し込めるなど無理をするのではなく、自然と横におくことができます。
そのことで気持ちにとらわれ続けなくなったり、行動が止まっていたことについて気合いや力を使わずにすっと行動できるようになりました。

(※クリアリングはコミュニケーショントレーニングネットワーク®の講座で学ぶセンスです)

身体に不調があって近所のクリニックへ行くと、「がんの再発かもしれないですね」と専門の病院を紹介されました。
1度目のがんの寛解から5年以上たって再発を心配することもなくなってきていた頃でした。
「再発かも」というのは寝耳に水。
驚き、恐さ、不安。「またあんな辛い抗がん剤治療をするのか・・・」などの気持ちでいっぱいになりました。

紹介された専門の病院へ行き検査の日を決める
→検査を受ける
→検査結果が出る
この2週間の間、幾度となく不安に襲われましたが、友人にただ聴いてもらうことで助けられました。

いよいよ検査結果を聞く日。
先生に「再発です」と言われました。
泣いたり言葉が詰まることもなく、自分としては普通に先生と会話ができていたように思います。

さらに先生は続けて
「このがんは再発の場合は難しいんです。初発のときにする治療の効果は高いですが、今回はそうはいかなくて。抗がん剤も強くなりますし、移植も必要です。成功率は半分以下です。では入院は来週のいつにしましょうか」

と言われました。
成功率が低い=死ぬかもしれない
ことを知らされ、同時に入院する日を決めなくてはいけなくなりました。

私は先生と普通に話せていたつもりでしたが、何を基準に入院希望日を決めれば良いのかを考えることすらできませんでした。
そこで「ちょっと電話をしてから決めたいです」と先生に伝えて一度診察室を出ました。

病院の入り口近くにある、患者さんが自由に使えるテーブルと椅子が並んでいる場所の片隅。
目からは涙が出そうな気がしたので、他の人から自分の顔が見えないところに座って、声は震えながら友人に電話をしてただ聴いてもらいました。

このときの私には治療法の候補が1つしかなく、今すぐその治療を始めないと命が危ない状態でした。
そのため、どの治療法を選ぶかや、治療開始時期について悩む必要はありませんでした。

友人と電話で話しをしたことで「治療をする」と自分の気持ちを決め、入院希望日も決めることができ、診察室に戻り先生に伝えました。

治療をしなければ数ヶ月で命がなくなったであろう当時の私にとって
「治療をすると自分で決めた」ことは、客観的に見ると一段階進んだと言えます。
しかし、そのときの私は「良くなるための第一歩だ」という心理状態には全くなりませんでした。

成功率が半分以下の治療をすることが現実的になった。
「死ぬかもしれない道を進み始めたんだ」という思いが心を占め、「死」が近いものになりました。

このどうしようもない気持ちも友人にただ聴いてもらい、自暴自棄にならずにすみました。

そして半年近く抗がん剤治療や、移植の治療を行いました。

入院中に敗血症を起こして寝たきりになったことがありました。
高熱が出た翌日に先生から
「感染した菌に抗生剤が効かなかったら、夕べのうちに亡くなっていました」
と言われ
「え?? 私、夕べ死んでいたかもしれないんだ」
と死が想像上ではなく、ぐぐんと近づいた体験でした。

抗がん剤や移植でもともと辛いところに、敗血症の辛さが追加された状態の時に
「昨日死んでいたかもしれない」と知ったショックは大きくて
今は薬が効いたからもう死ぬことはない。とわかっていても動揺が止まりませんでした。

入院中は面会謝絶状態だったので、友人が病院の駐車場まできてくれて、私は自分の病室の窓から駐車場にいる彼女を見てお互いに手を振りながら電話で話しました。そのおかげで気持ちが折れてしまうまでにはなりませんでした。

そして退院できる状態まで回復し、一人暮らしの家に帰り療養を始めました。

しばらくして
一日何も食べない。飲まない。簡単な家のことも何もしなくなる日々がはじまりました。

頭では「入院中より元気なんだから」「食べないと」「このぐらいのことはできるはず」と思っても、動けない。

友人に「動けないんだ」とただ聴いてもらうと「今日は少し行動するよ」と言葉が自分から出る。
ただ、電話を切ると行動できない自分に戻る・・・。

入院中より身体は回復してきているのに、こんな状態なんて人には言えない。
誰かと話すと少し元気になるけど、実際にはそこまで元気じゃないから、メールやLINEをする気力もない。
元気を装った自分では誰ともコミュニケーションしたくない。
スマホを数日見ない触らない日が続き。いつの間にか充電がなくなり電源が切れたまま数日がたつ。
という状況になりました。

そんなときに、私の様子を察知した看護師の友人が私を訪ねてくれました。

友人は私の話をただ聴いてくれ、しばらくしてから
「今回の治療は抗がん剤の中でも強いものだった。薬がまだ身体に残っている時期」
「患者さんは、入院中や治療中の時は『治療をする』という思いがある。逆に治療後にまだ身体は辛いのに社会復帰などを考えたりして、ウツ状態になることがある。」
と話してくれました。
このことを聴いたときに心がふっと楽になりました。

 

 

そして、気づきました。

私は退院したらあとは体力を回復するだけ。と思っていました。
その自分が行動できなくなったことに対して
回復するためにも食べたり行動しなければと自分を鼓舞したり
できないことを責めていました。

さらに、健康な時や治療中に、落ち込んだり動揺したことをただ聴いてもらうと、冷静に考えたり的確な行動できるようになったのと同じことが、この時の自分にも起こるだろうと思っていたことにも気づきました。

そのため「友人にただ聴いてもらって感情を横に置けて楽になったのに、それでも行動できない自分はダメだ」とさらに責めていました。

「今辛い。動けない」
という自分の身体の声を、私自身がただ聴いていませんでした。

友人と話したことで
「今の私は単純に右肩上がりに回復する時期ではない」
「薬が精神面にも影響を与えることもある」
「治療中は大丈夫でも、治療後の時期に精神面が落ち込んでうつ状態になることもありうる」
と知ることで、自分が辛かったり動けない状態を責めるのではなく、ただ聴くことができるようになりました。

すると、自分に言い聞かせたり、鼓舞しなくても、食事をとるなど少しずつ行動できるようになりました。

この体験から、今後私が病気の人とコミュニケーションするときに
「気持ちが楽になったらいいな」などの善意の気持ちが出発であっても

「自分や周りの人がただ聴くをしたら、こんなことやあんなことが起こった
という知識や経験を元に、気持ちを楽にしてあげよう。少しでも行動するきっかけになるといいな」などの気持ちを持たないようにする。
ただ聴くをしても、病気や薬の影響で、心身が辛い状態が続くこともあるかも。という思いも持つこと。
聴いた後にこうなったら良いなと思わずに、「ただ聴く」をする
ことを大切にしようと思いました。